2011 . 04 . 17

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パンの新作、ローズマリーのベーグルです。輪っかの形に生地を作り、茹でてからオーブンで焼き上げています。バゲットよりも、さらにもちっとした食感で作りました。ローズマリーの風味が全体に漂っています。単独でも十分に軽食となる、つい食べたくなってしまうような食事パンです。ぜひお試しください。現在はお食事のお客様と、ご予約での販売とさせていただいています

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 横たわる女

Bunkamuraのザ・ミュージアムに行ってきた。Bunkamuraは去年に芝居を見て以来だったけど、ここに来るのはいつも久しぶりのような気がする。そんな感じでドゥ・マゴの深緑色を見ると、くつろぐよりもよそ行きのような気分になる。美術館に来るのはフランスから帰ってきてから初めてだった。
開催されていたのは「ピカソとモディリアーニの時代」。僕が行こうと思った理由はこのタイトルのおかげではない。作家の中にフェルナン・レジェの名前があったからだった。
レジェの美術館はビオットにある。ビオット駅はニースとアンティーブの真ん中くらいに位置していて、各駅停車しか停まらない。ニース方面からならカーニュ・シュル・メールを過ぎたらすぐだ。
ビオットには、ニースの同じアパルトマンに住んでいた仲間とレストランを予約してから電車で行った。ビオットの駅から村までは1時間以上歩いた。途中の景色は美しいけど殺風景でもある。たしか駅を降りるとすぐに錆びついているような遊園地があって、レジェの美術館は駅からかなり離れていた。
僕はレストランに行くのが楽しみだったし、フェルナン・レジェという名前もキュビズムという言葉も知らなかった。一緒にいた友達が教えてくれることを聞き流しながら歩いていた。右目でちらっとその建物を見た。建物そのものに色があった。フランスの線路沿いの壁によくある、微笑ましくて感心してしまう落書きみたいに僕には見えた。あの列車から見える落書きを僕は急に色まで思い出すときがある。
ビオットの村は観光地らしくなくて居心地がよかった。ニーチェの道を上るのならビオットの道路を歩くほうがいい。レストランも悪くなかった。だけどあれから何年も過ぎて、それと同じくらいにあの一瞬見た色が自分には残っている。レジェ、キュビズム、そういう固有名詞の存在も知った。ビオットにはきっとまた行くと思うけど今すぐに行けるわけじゃない。全部はいいから少しだけ見てみたかった。
ザ・ミュージアムの展示はジョルジュ・ブラックから始まっていた。入ったばかりだとまだ集中力がある。作家の言葉なども読みながら進むと、作家の名前がパブロ・ピカソに変わっていた。そしてピカソの隣がレジェだった。ビオットへはアンティーブからバスで行くことができる。
レジェの作品は見たことがなかったけど、ピカソじゃない人間の絵ということはすぐにわかった。自分の勝手なイメージと遠くはなかった。そしてドラム缶を積み重ねたような色の強い絵があった。やっぱりきれいな落書きのようだった。でも次の絵を見る前に遠目でその作品名を見ると「横たわる女」。傾いていた身体が戻った。ちょうど角だったから僕はどこかに違うものでも置いてあるんじゃないかと思った。ファム、クシェ。どちらも想像の外だった。
アンドレ・ブルトンの「ナジャ」を読んだときを思い出した。シュルレアリスムを体現するこの物語には、パリの具体的な場所や番地も出てくるし、幻想的な挿絵も数多くある。難しいからなんとなく読んでいくことしかできない。それなのに、終わり近くで急に1ページを使って何とも関係のないブルトン本人のアップの写真が出てくる。こういうのを見たら考えが止まるし言葉がなくなる。そして終わりにはこう書いてある。「美とは痙攣的なものだろう」。
美術に興味のない僕が色んな美術館に行けたのは、コート・ダジュールの環境のおかげでしかない。ミュゼが町の中にある。その町の歴史とつながっている。それが目的ではないからすぐに行くわけじゃない。でも何かのついででもよかったし、やることがないときでもよかった。コート・ダジュールの海岸の美しさは説明のしようがない。そういう場所を多くの作家が求めたのなら、その作品にも言葉はいらないのかもしれない。