2月26日、秩父宮でラグビーの日本選手権の決勝が行われた。東芝府中とNECの両チームが日本一を分け合って2005年度のラグビーのシーズンが終わった。冷たい雨の中で6-6という、強くて堅いロースコアの試合だった。
現在の日本選手権は8つのチームでのトーナメントで争うことになっている。社会人のトップリーグの上位4チーム、学生の2チーム、そのほかにクラブチームなども参加している。もう10年以上、日本選手権には意味がないのではないかと言われてきた。ラグビーに興味がある人間にもそう思われていたのだから無理もない。社会人チームには一流の外国人選手が加わり、体格の差も離れるばかりだった。社会人と学生の一発勝負でなくなってからは、少し前に対戦したばかりの社会人チームに再戦の機会を与える場になっていた。
僕がかすかに唯一覚えている学生の勝利は1988年のことになる。その優勝メンバーである清宮克幸にこの5年間早稲田大学は率いられてきた。5年前、低迷していた母校の監督に就任した清宮は、釜利谷の関東学院大学のグラウンドへ赴いた。試合をしてください、と。誰にも想像できなかったところから、清宮は順番にストーリーを作っていった。5年間で学生相手の敗戦はその関東学院に喫した二度だけ。大学選手権の決勝戦のカードは5年連続変わらなかった。
2月12日、強い風の舞う秩父宮で早稲田はトヨタ自動車を28-24で下した。大歓声の中での試合だった。僕はテレビで観たけど、あんなにラグビー場が盛り上がっているのを思い出せなかった。トヨタの選手はやりづらかったかもしれない。でも小細工のない素晴らしい試合だった。
試合後、勝利の理由を訊かれた清宮は、早稲田の歴史と伝統と言った。圧倒的なフォワードの強さや、スポンサーのラインの入ったジャージは早稲田らしくない、面白くないとも言われた。でもいつもわざと生意気そうに強気の発言をして、既成のものを壊してばかりいるイメージの男が、最後の最後に言った言葉がそれだった。
来期から清宮はサントリーでプロ監督を務める。また新しい方法でラグビーを世の中にアピールしていかなければならない。それを見るのが楽しみだ。
早稲田とトヨタの試合の終盤、トヨタが攻めて早稲田が必死に守っている光景を観ていて、何かの部分だけ見たことがあるような気がした。試合が終わってから思い出したそれは、1989年の日本対スコットランドの代表戦だった。歴史的な金星と言われたこの試合も、秩父宮で28-24だった。父親の買ってきたラグビー雑誌を見て、日本代表の桜のジャージをかっこいいと思ったことを覚えている。
2011年の日本でのワールドカップ開催は実現できなかった。代表の実力を考えれば当然だったのかもしれない。でもいつかは見てみたい気がする。サイズで負けても魅せられるものがきっとある。そのときはみんなで桜を見てみたい。