日本とフランスの間には8時間の時差がある。8時間というのはそれほど複雑な数字ではない。仕事が終わるころに始まって、起きる時間がだいたい寝る時間。一単位くらいの差だから、コミュニケーションの相性は悪くない。もうすぐ始まるローラン・ギャロスだって、日本でも興味のあるひとは起きている時間に観ることができる。
ただしフランスでは1年のうちに2回時間が動く。3月の終わりに1時間進んで、戻るのは10月の終わり。日が長いフランスの夜がさらに長くなる。この夏時間の期間は日本との時差も1時間縮まるから、実際には日本とフランスの時差は7時間であるときのほうが長い。
僕は今くらいの季節に初めてフランスに行った。パリで泊まったホテルの窓から見える空は遅くまで明るかった。僕は移動の途中で寝るのが苦手だから長旅の後はすごく疲れる。だから早く休もうと思ったけど夜になっても眠れなかった。見たいものがたくさんありすぎて落ち着かなかったこともあったんだろう。でもカーテンのない部屋から見える長くて騒がしい夜の時間は、ホテルに着いてから戻した腕時計の7時間以上に差があるような気がした。どうしても喉が渇いてくる。夕方に洗面台で洗って干しておいた下着がもうほとんど乾いている。東京とは違う時間と空気の始まりだった。
時間が変われば文化が変わるし暦も変わる。春の時期はフランスでも祝日が多い。日にちの決まっていない移動祝日も多いから気をつけないといけない。ウィークエンドが終わっても街が動き始めないときはだいたいそういうときだ。やっぱりキリスト教に関係する祝日が多いから、日本人にとってはどうしても感覚がにぶくなってしまう。日本ですぐにわかるフランスの祝日というと、元旦とクリスマス、あとはキャトーズ・ジュイエくらいかもしれない。
そんなフランスの祝日の中にメーデーがある。カトリックやフランスという要素からは唯一離れているけど、僕の世代には馴染みのない日でもある。この日は日本のような形ばかりのものではない。キャトーズ・ジュイエはフェットとかパリ祭とかではないけど、フランスのメーデーはフェット・デュ・トラバイユ。この日は働いてはいけないことになっている。夏時間の始まりが時間を進めるのなら、メーデーは時間を止める。バスも動かないから5月1日は本当に気をつけないといけない。
語学学校の先生が、メーデーに働く人間のことをスラングで「ジョーヌ」と呼ぶと言っていた。イエローカードの黄色なのかと思ったけど、僕の人種の肌の色なのかもしれないと後で思った。これは調べていないからわからない。揃って休むことに感心するのもおかしいけど、メーデーの日の町の静かさには不思議と納得してしまった。
その静かな日にフランスではスズランを売る。道ばたでもどこででも売っていいことになっている。静かな日だとスズランの白い小さな花もきれいに見える。時間が違うから日本だと今はスズランの時期ではない。でも少し浮ついている今の時期には慣れない花を買いに行って、少し心を落ち着かせるのもいいかもしれない。
*「fete」の実際の表記には、アクサン・シルコンフレックスが必要です。